Report
 
2015.03.26

第1回北極探検史(世界編)
赤毛のエリクとグリーンランド
荻田泰永

世界の果てにあるもの

紀元前325年ごろ、ギリシア植民都市マッシリア(現在のフランス・マルセイユ)出身の探検家ピテアスはヨーロッパ亜北極圏への航海を行った。それは、北方で多く産出される錫(すず)を求めた航海であると言われている。ピテアス自身による記録は残っていないが、その後の叙述者たちがピテアスの二次的な資料を元に書き記したところによると「そこでは真夏には夜がなく、 真冬には昼間がない。このあたりの海は、陸地でも海でも大気でもない不思議なものからできていて、クラゲに似ており、その上を歩くことも船で行くこともできない」とある。白夜や極夜、海に浮かぶ海氷と思われる記述があり、ピテアスはその地域を「チューレ(Thule)」と呼んだ。具体的に現在のどの辺りの地域であったかはわかっていないが、アイスランドかノルウェー北部であろうと考えられている。

その後の記録は、主にアイルランド修道士によるものが多く、紀元795年頃にケルト人修道士たちがアイスランドに初めて住みついたという。彼らは、後からやってきたヴァイキングに追い出されるように姿を消した。

赤毛のエリクとグリーンランド

982年、アイスランドで殺人の罪により追放されたヴァイキング「赤毛のエリク(Erik the Red)」は、西へと船を漕ぎ進め、100年ほど前に発見されていた「グンビョルンの岩礁」と呼ばれる土地を目指した。現在のグリーンランド東海岸にあるアンマサリク周辺に辿り着いたエリクは、海岸沿いを南下し、グリーンランド南西岸までを広く探検した。3年後の985年にアイスランドへ戻ったエリクは、新しく発見した土地に移住することを決意した。その際、移住者を募るために人びとの興味を惹こうと「グリーンランド」という名前を付けた。翌年、エリクは25隻の船を満たすほどの多くの移住者を伴って新しい土地グリーンランドへと帰ったが、無事に辿り着いた船は14隻だったという。

その後、1000年までの間にさらに3つの移民団の流入があり、数か所に分かれた植民地の人口は450人ほどであった。これらの植民地はその後300年ほど栄え、最終的には2000〜3000人ほどにまで増えた。これほど栄えた植民地もやがて消滅していくのであるが、その原因としては1200年頃からはじまった気候変動による低温化と、北方からやってきたイヌイットと生活域が重なったため、紛争による人口減少であると考えられている。低温化する以前のグリーンランド植民地には多くの農場があったといわれ、現在よりも温暖であったことが伺える。エリクが名付けた時代には、本当に「緑の島」であったのかもしれない。

ヴィンランドを発見したのは?

エリクがアイスランドから多くの移住者を連れてグリーンランドへ渡った際、エリクと行動を共にしたヘルヨルフ・バルダルソンという人物がいる。ヘルヨルフの息子、ビャルニ・ヘルヨルフソンは、新天地グリーンランドで父と合流しようとしたところ、航路を大きく外れて西へと流され、その先に木々に覆われた丘陵性の見たことのない土地を望見した。北へ進むと低い木々の林が広がり、さらに北の島には山が多く、そこは氷河に削られた急峻な地形だったという。ビャルニは望見した土地を「ヴィンランド」と名付け、グリーンランドへと引き返して父と合流した。ビャルニが見た土地は北米のニューファンドランド、ラブラドール、バフィン島(現在のカナダ領)であると考えられている。

しかし、ヴァイキングの伝承を記した二つの重要なサガ(グリーンランド・サガ、エリクのサガ)のうち、ビャルニの航海を記しているのはグリーンランド・サガだけであり、もうひとつのエリクのサガによると、エリクの息子であるレイフ・エリクソンが航海の途中で偶然に「ヴィンランド(北米大陸)」を発見したという。そこは暖かい土地で、多くの野生の葡萄がそだっており、レイフは一冬その土地で過ごしてから多くの積み荷とともにグリーンランドへ戻ったという。それは、ビャルニの航海よりも15年ほどあとと考えられている。

現在、北米大陸の大西洋沿岸には、北欧からの航海者が到達した考古学的証拠がいくつも発見されており、ビャルニとレイフのどちらが先であったのか、またはどちらも伝説に過ぎないのかはわからないが、いずれにしろこの時代にはすでにヴァイキングが大西洋を渡って北米大陸までやってきていたことは間違いないようだ。

(次回に続く)

荻田泰永(おぎた・やすなが)

北極冒険家。1977年神奈川県生まれ。2000年より北極圏での徒歩による冒険行を中心に活動。15年間で13 回北極圏各地を訪れ、8000km以上を旅してきた。グリーンランド2000km内陸氷床犬ぞり縦断、カナダ北極圏1600km徒歩行、北磁極700km 単独徒歩行など。現在は北極冒険の最難関である北極点無補給単独徒歩到達に挑戦中。著書に『北極男』(講談社、2013年)。
http://www.ogita-exp.com